ぬぐいたい けんざいかする げんじつを
彼は刈り取る者でした。
数多の命を手にかけてはなき者にしてきました。
その数は星の数に並ぶかもしれません。それだけのものを刈り取ってきました。
彼の中では、その行為にいささかの迷いもなく、日々行われるルーティーンとなっていました。
そしていずれ彼は気づくことになります。刈る側の人間であるものにも、その時が訪れることを。
ある日、ほんの些細な感覚を彼は覚えました。意識しなければ無視できてしまうほどのとても小さな違いです。
ですが、彼はその些細な違いに敏感でした。刈るものとして、馴染み深い感覚がだからでしょう。一つ、また一つ、彼から失われていく感覚を知ったのです。
彼は自身に起きている現実を認めたくはありませんでした。
気を紛らわせようとシャワーを浴び続けました。
暖かさが頭から足先へ伝い、排水口へ流れます。
ひとしきり浴びたあと、シャワーを止めて余韻に浸ります。
地面に向かって落ちる水滴と、いつもとは違う足元に残る温もりを。
彼は驚きました。流れたはずの水分が浴室の床になみなみと残っていたのです。
刈り続けた業でしょうか、彼に課せられた天命なのでしょうか。
確実なことは誰にもわかりません。ただ現実としてそこに水分が溜まっていたのです。
彼は悲しみとともに、排水口を拭いました。
(おしまい)
見えないところだけど排水口の掃除は適度にしましょうね。